真如堂独自の行事で、一般の方にも参加・お参りしていただけるものを集めました。この他に、元旦の修正会(しゅしょうえ)に始まり、開山忌・涅槃会・彼岸会・降誕会・盂蘭盆会〜除夜会などなどが執り行われます。

 宝物特別拝観 

 定例の特別拝観としては、3月の「大涅槃図」公開、11月の「観経曼陀羅」公開があります。


虫払会  宝物虫払会 7月25日

 『真如堂縁起』(公開されるのは写本)など、当寺所有の寺宝約200点を本堂にて土用の風を通して虫干します。
 また、『安倍晴明蘇生之図』を前に、『結定往生印』を直接授与するコーナーもあります。
 暑気払いの「枇杷湯」の無料接待もあります。
 なお、雨天の場合は中止します。


精霊送り  精霊送り灯ろう供養会 8月16日

 お盆にお迎えした精霊をふたたび冥府に返す精霊送りの五山の送り火が、8月16日午後8時から、京都盆地の周囲の山に浮かび上がります。
 これに先だつ7時半より、本堂前に「大」の字型などに並べられた灯ろうなどに明かりが点され、本堂の中では、精霊送りの法要がいとなまれます。
 これまでは池の中に灯ろうを浮かべて供養していましたが、2008年より本堂前に「大」の字に並べるようにしました。
 送り火は、寺で行われていた万灯会がルーツであるという説もあります。真如堂ではご先祖の御戒名などを本堂内の法要で読み上げると共に灯ろうに書いて「大」の字に並べて点灯し、ご先祖の精霊を送っているという実感を参列された方にもっていただきやすいような灯ろう供養会にしました。
 献灯はどなたでもお申し込みいただけます(受付 7月初旬頃〜前日)。また、メールによるお申し込みも受け付けておりますので、ご希望の方は こちら よりお申し込み下さい。



 引声阿弥陀経会 10月14日〜16日
引声

 慈覚大師円仁が渡唐されたとき、五台山(ごたいさん)において生身の文殊菩薩から、極楽世界八功徳池の波の音に唱和する「引声阿弥陀経」(いんぜいあみだきょう)を伝授されたといいます。
 真如堂では、毎年この法会を開いていて、16日が結願(けちがん)です。
 普通ならスラッと読んでしまうお経に節をつけて、長々と唱えます。



 お十夜(十日十夜別時念仏会) 11月5日〜15日 

十夜お練り
 足利義教公の執権職をしていた伊勢守貞経の弟、平貞国は無常を感じて、自分は仏道に生きようと真如堂にこもって念仏の行をしました(1430年頃)。3日3夜のお勤めが済んだら髪を落として出家しようと決意していた3日目の明け方、貞国の夢枕にお坊さんが現れて、「阿弥陀さまを信じる気持が本当なら、出家するしないは関係ないではないか。出家するのは待ちなさい」とお告げをされ、「心だにたてし誓ひにかなひなば 世のいとなみはとにもかくにも」という歌を下さったといいます。
 貞国が出家を思いとどまって家に帰ってみると、兄は上意に背き吉野に謹慎処分。代わりに貞国が家督を継ぐようにという命令が下っていました。
 貞国は、「兄は謹慎だし、自分も出家をしていたら家督を継ぐ者がいなくなって、執権職を受けるどころか、家も断絶していただろう。これは阿弥陀さまのお陰だ」と感激し、あと7日7夜、合計10日10夜の念仏をしました。
十夜鉦講  これが「お十夜(おじゅうや)」の始まりで、「この世で10日10夜善いことをすれば、仏国土で千年善いことをしたことに勝る」という教え(『無量寿経』)を根拠にし、また阿弥陀如来の法恩に対する感謝のための法要です。
 後に後土御門天皇の勅命により鎌倉光明寺でも行われ、全国の浄土宗寺院に広まりました。
 現在では、11月5日から15日にかけて修せられ、毎夜、肩衣を付けた鉦講員が直径30センチ程の鉦を打ち阿弥陀仏を念じます。結願の15日にはお練り法要もいとなまれ、ご本尊の間際まで近づいて参拝していただけます。
 また中風よけの小豆粥の接待もあります。一説によると、粥を「おじや」というのは「おじゅうや」がなまったものだとも?

    お十夜法要  開闢法要  5日5時30分頃
                     〜6時過頃
           法  要  6日〜14日
                    夜6時過〜7時過
           結願法要  15日2時〜3時頃
           ご閉帳法要 15日5時〜6時頃



除夜の鐘
 除夜の鐘 12月31日 


 年越しに108つの鐘を撞き、新たな気持ちで新年を迎える除夜の鐘。
 12時頃から1時過ぎまで、約500人が参加されます。撞く鐘の数は108つと決まっていますので、先着順に4〜5人で1回撞いていただきます。
 京都は大学の街。外国人留学生も多く、鐘を撞きに来る人も50人以上。いろいろな言葉が飛び交います。
 体のあたたまるお薬湯の無料接待もあります。

 ♪ 除夜の鐘の音

 六阿弥陀巡拝 各月功徳日 

 洛陽六阿弥陀巡拝は木食正禅養阿(1687-1763)上人が阿弥陀仏の霊感を受けて始められたもので、3年3月怠らずに各功徳日にお参りすれば、無病息災・家運隆昌・諸願成就などを功徳を受けることができ、また有縁無縁の精霊の追善回向をすれば必ず往生極楽できると説かれています。

 洛陽六阿弥陀とは、一番 真如堂阿弥陀如来 二番 永観堂阿弥陀如来 三番 清水寺阿弥陀堂阿弥陀如来 四番 安祥院(木食寺)阿弥陀如来 五番安養寺(さか蓮華)阿弥陀如来 六番 誓願寺阿弥陀如来のことです。宗派の違うこの6ヵ寺の阿弥陀さまがどのような経過選ばれたのかはわかりませんが、おそらく江戸期にもご利益がある阿弥陀さまとしてお参りが絶えなかったのでしょう。

 功徳日とその功徳は、1月15日−仏を6万体つくるにむかう 2月8日−五重の塔を1万たつるにむかう 3月14日−七堂伽藍をたつるにむかう 4月15日−9万6千人の僧に施しをするにむかう 5月18日−父母を千度供養するにむかう 6月19日−風呂を1万度たくにむかう 7月14日−塔婆を8万4千たつるにむかう 8月15日−万灯を8万度ともすにむかう 9月18日−一切経を8万度よむにむかう 10月8日−3千人の僧に衣服を1万度施すにむかう 11月24日−施行を6万度するにむかう 12月24日−法華経を3万部書写するにむかう 春秋彼岸−こがねの仏を8万4千体造るにむかう、とされています。大変な功徳です。

 功徳日には多くの方々が、朝早くから線香などの七つ道具を持ってお参りに来られます。たまたま巡り合わせた人同士がタクシーに相乗りして次のお寺に行ったり、最後の誓願寺さんは京都の繁華街、時間もお昼近くと頃合いも良いので、「お昼、ご一緒に」とか、ついでにデパートに行ってなどということもあるようです。

 「木食」というのは、火食肉食を断ち、五穀を断って木の実などを食べながら遊行した近世の民間宗教者の呼び名です。
 この巡拝を始めた木食正禅は丹波保津村の武家の生まれましたが、事情があって出家得度を志し、あえて木食の修行を重ねたといいます。
 京都の蹴上から山科に向かう道の途中に「日の岡」というところがありますが、正禅はこのしい山道を人馬が通れるように改修するのに心血を注ぎ、3年かけて元文3年(1738)に完成させて人馬道碑を建てたという記録があります。

 真如堂の本堂の南側には大きな鋳物の阿弥陀如来座像があります。この阿弥陀如来は、正禅上人が弟子と共に諸国を歩いて得た寄付金で、享保4年(1719)8月、六条大宮あたりの鋳物師庄右衛門・喜兵衛に鋳造させたものです。そして、その翌年5月、鋳上がった像を大きな地車にのせ、大勢の人が長い綱を付けて真如堂まで曳いてきた様子が安祥寺(第4番)の縁起に描かれています。
 台座正面の石造の蓮弁には「木食正禅造立」と彫られていて、像の背面には「寒夜三十日念佛修行例年 墓回り成就廻向佛併書写 大乗妙典血経一部御内服納之 木食正禅造立 享保四歳八月十五日 弟子蓮入 明真 願真」と記されています。